日々是々記六田さんの磁力

最近、六田さんのマネージメント・サポートを再開した。
ここ数年、少し距離を置いたのは、自分たちの基盤をしっかり築きたかったから。幸い、社員も増え、業務も安定し、「デザイン制作」と「映像翻訳」の2本柱 がしっかり出来てきた。スタッフ数も十分なので、プロジェクト的な活動をする余力ができたと判断してのことだ。

今年2009年1月?3月は、相田みつを美術館や京橋の繭山龍泉堂の2箇所での個展が相次いだ。2003年に弊社が六田さんのサポートを始めた翌 年、当時表参道にあったオフィスでWEBギャラリーオープン記念個展を開催したとき、相田さんが日本橋三越での個展開催の話を持ってきてくださった。同様 にそのときに、京橋の繭山龍泉堂さんからも「雲岡」の個展開催のオファーをいただいた。よって、2005年2月?3月繭山龍泉堂、5月日本橋三越というよ うに立て続けに個展を開催することができたのだ。

あれから、約4年が経過した。4年前の繭山さんでの個展でも展示即売会をさせていただいた。
今回も同様に2月?3月の時期に個展&展示即売会を主催してくださった。そして、大いに売れた!繭山さんのお得意様たち、確かな眼を持つ方々が喜んで購入 してくださった。相田みつを美術館では、展示即売はしなかったものの、その場所柄多くの方にご覧いただくことができた。

新たなファン層をつかんだことは間違いないと思う。

相田みつを氏の長男である、館長の相田一人氏と六田さんは早稲田大学の同級生で、たまたま下宿先が同じだった。そして、六田さんは、相田さんの部屋 でたまたま見かけた、土門拳の写真に触発されて写真を撮るようになったのだという。

縁は奇なもの。

相田さんと六田さんの関係は、近くで見ていてもちょっと不思議感にあふれている。青春時代の多くの時間と場面と、そしていろんな感情を共有してきた んだろうな、とは思う。

六田さんは何気に、「Going my way」の人だ。
不必要に他人の人生に関与しようという意思はあまり見られない。
いい写真をとることだけ、いいものをみることだけ、いい場所をみつけるだけ・・・、
そこだけを見つめている人だと思う。

そうすると、いろんな人が六田さんに手を差し伸べてくださる。相田さんはその最たる人なんだろうと思う。
要所要所でどれだけ重要な役割を果たしてくださったことか。それでも、傍で見ていると六田さんのほうがちょっと偉そうなのが、まあ六田さんらしくていいん だろうなと思う。